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プロフィール(編集中)

「いつも空ばかり見てるから 2nd season 」         since2016.9

 

1986年 7月8日 練馬区で生まれる。

経歴

 (なんか他のブロガーもやってるみたいなんでやってみますね。面倒だけど)

 

幼稚園時代

  • 平和そのものだったんだけど、俺が元気良すぎて、多動症を疑われたりと子育て初心者の親をいきなり悩ませていた。 父親RPG好きなため、それをがっつり受け継ぎ、マザーやイースドラクエ、FFに手を染め、 ここから異性との付き合いに苦労する因子が植え付けられる。

小学校時代

  • 剣道やってた。でも、2年生くらいから暑い寒いキツいで嫌になって辞めたかったんだけど、親が世間体と継続は力なりって言葉が好きすぎて辞められなかった。人生で未だに一番キツい時期だと思ってる。変わり者だったので、輪から外れてたり、一瞬溶け込めてもスクールカーストの下位で収まってた。温厚な小学校だったけど、少しだけ世間知らずなお坊ちゃんお嬢ちゃん体質みたいなのがあって、陰湿な人間関係を学んだ。ゲームも運動もめちゃくちゃやってたと思う。自転車で行けるところまで行くのが趣味だった。この時、アニメはあかほりさとるがバンバンヒットを出し、その後ナデシコエヴァなど業界が熱い時期だった。スレイヤーズロードス島オーフェンなどファンタジーも盛り上がっていた。ゲームもスクエニ合併前でRPGが異常な成長を遂げていた時期でもある。もちろん、その全てに乗っかったが、クラスで話が合うわけではないので、密かな楽しみとなった。

中学校時代

  • 体質は変わらなかったが、他校の生徒が交じることで混乱が起きる。あと、自分たちの代は面倒だという評判が中学に広がっており、最初から教師たちによる冷遇を受ける。部活はもう運動が嫌になってたので、美術部を選んだが、2年の時、サッカー部が人が足りないということで勢いで入部。やっぱり、球技って痛くないし、楽しくてよかったと実感。勉強はプレッシャーに弱い性格がたたり、からっきしだった。この時から押しの弱い性格が形成される。親が半端に厳しかったため、ゲームと漫画が思う存分できず、いつか死ぬほどやりたいと思うようになる。

高校時代

  • 義務教育の呪縛から離れたくて地元から電車で行く学校を選んだ。まぁ、普通科でそこしか入る場所がなかったんだけど。義務教育が地味な地獄だったため、天国のように感じた。部活はPC部で幽霊部員になり、そのあとに入った囲碁部に熱中する。この時、ヒカルの碁ブームだった。男子校でカーストが全くなく、自由に生きられた。もう人間関係に疲れてたので、自分から話しかけることは全然しなかったが、それでも部活を通じたりとか、クラスの雰囲気で人とは馴染めた。教師も教え方が丁寧だったので、結構、勉強ができるようになる。特に英語はが伸び、理系に行ったため、数学もできるようになった。多分、あの高校じゃなかったら、英語も数学もできなかったので、今でも感謝してるし、改めて、良かったと思う。大学受験で人生逆転を狙いたかったが、勝負弱さに負け、3流の工学部へ入学。

大学時代

  • 地元から2時間近くの大学に通うことになった。それに加え、新聞部に入り、少し忙しくなる。理系一本でやるより、テクニカルライターなど、文理両面を合わせたような職業がしたいと考えるようになった。ただし、その生活に疲れてしまい、授業にはついてこれず、新聞部も楽な部活ではなかったため、大学生活は破綻し、入学1年で中退をする。

フリーター時代

  • 辞めてから半年間、実家暮らしで初めてバイト生活をする。専門に行こうか悩んだが、公務員も視野に入れるようになり、公務員対策ができてる新設の大学に入り直す。試験なんてないようなところだったため、ほぼ何もせず、入学した。

大学時代 その2

  • またもや大学生になった俺はもう楽がしたくてたまらず、学生という身分をいいことにだらけ切った生活をする。授業は全部出たが、あまりにも楽勝だったので、苦労は0だった。途中から思い出したかのように公務員を目指すことなったが、やる気がなさすぎて、結局、高卒肉体系公務員になる。高校の時と同じで人には恵まれた。この時公共政治、都市開発、地域活性、観光、農業、経営経済に興味を示すようになる。

社会人時代

  • 周囲は年下だらけで、かつ自分は使えない方なので教育時代の前半は苦労した。これを言うと周囲にはお前に苦労させられたんだよという声が聞こえてきそうだ。教育後半は初めて、関東を出て、東北で過ごす事になる。人は良かったし、食事は美味くて最高だった。その後、本格的な勤務が始まる。そこではまずは下っ端として、働き、寮生活のためすべてが監視されているような生活だった。ただでさえ面倒な職場環境なのに癖のある先輩や組織で馴染むことができなかった。このまま、時間を過ごせば、自動的に先輩として後輩に同じ思いをさせながら、働くこともできたのかもしれないが、ここでやりたいことについて考える。先が見えていて、好きでもない仕事を続けるのは苦痛だったので、人生の中で一番、仕事になりそうで面白かったことを考え、それが「文章を書く」事だった。退職しづらい環境の下、なんとか辞めることができ、自分の人生を生きることになった。

フリーター その2

  • 実家に戻った、俺はバイトしながら、社会復帰に励んだ。前の職場は閉鎖環境だった上、少し対人恐怖になっていたので、馴らして行くことにした。1年働いたとき、文章を書くにしても資格があるといいと思い、弁理士の資格を1年勉強して目指すことにした。しかし、勉強についてこれず、1次試験で落ちる。箸にも棒にも引っかからない感じだったので、すっぱり諦め、まっすぐライターへの道を探ることにした。バイトも地元に切り替え、自分の時間を増やした。それから不安になり、適当な就職につこうと思ったが、自分の夢を目指したほうがいいというアドバイスを受け、2016年の4月よりライターの道を目指すことに。編集プロダクションを探すことになるが、なかなか受からず、受かっても、専門性の高い人材が必要とのことで1日でクビになる。本当は今でも不安で仕方ないのだが、ロックを聴きながら、ブログを書くことでその道が切り拓けないか試行錯誤中。

以上です。書くと意外と書けるもんだね。薄っぺらい人生だと思っていたけど、

こんなに自分語りできるなんて、自分にヒイたわ。